『ブックカタリスト: 経済・倫理・政治哲学』
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ISBN:B0CLMWMBLD
"面白かった本について語る"をテーマにしたポッドキャスト「ブックカタリスト」の書籍化企画です。
自分が読んだ本を相手に紹介し、その内容について意見を交わす。番組内で行われているやりとりを、そのまま書き起こしました。
全部で三つの回が取り上げられており、それぞれの内容について補足的な「ノート」も新たに書き下ろしてあります。配信を聞いた方も、そうでない方も楽しめる内容です。
本を読むって具体的にどんなことなんだろうか、独学ってどんな感じなんだろうか、という疑問をお持ちの方はぜひご覧ください。
目次
はじめに
第一章『ダーウィン・エコノミー』
第一章ノート「自由と市場」
第二章 『功利主義入門』
第二章ノート「倫理と功利主義」
第三章 『これからの正義の話をしよう』
第三章ノート「正義と政治」
appendix 読書入門のティプス
おわりに
(以下、本文より「はじめに」の抜粋)
# はじめに
著者二人は「ブックカタリスト」というポッドキャスト番組を運営しています。「面白かった本について語る」をテーマにした番組です。
読んだ本について語りたがっていた著者らが意気投合してはじめた番組なのですが、「要約を紹介して終わり」のような内容にはしたくないという気持ちがありました。その番組を聞いておけばその本を読まなくて済むというような"便利"な内容ではなく、むしろその本や関連書籍が読みたくなってしまうような"厄介"な内容を目指す。そんな意気込みがあったように思います。著者らがはまりこんでいる読書沼にリスナーを引きずり込もうという河童のような番組です(河童がそういう悪さをするのかは知りませんが)。
本を読むことって、まず純粋に面白いです。知的好奇心が刺激され、新しい知識が増え、見知らぬ考え方に触れられます。最近の世の中では「コスパ」が重視されているようですが、単純な費用対効果でこれ以上のものはなかなか見つからないのではないかとすら思います。千円から二千円ですごくハッピーな体験ができるのですから。
とは言え、あまりコスパ的に考えすぎると、何が何でも「面白い本」を手に取りたくなってきます。ハズレを引きたく
ない気持ち。
残念ながらその方策はうまくいきません。この世界には「面白い本」があらかじめ存在しているわけではないからです。その「面白い本」を手に取れば、誰だってすばらしい読書体験ができるという本はありません。本はそれを読む人によってその姿を変えます。私がどれだけ面白いと感じた本でも、他の人には違うかもしれません。逆に、皆が面白いと言った本が自分にとってあんまりだということもあります。だから読書にランキングはあまり意味がありません。統計的な面白さは、自分の読書の面白さを保証してくれないのです。
そう考えると必要なのは「面白いか、面白くないか」という短い判定ではなく、「どこがどのように面白かったのか」という語りです。どのような点が読んだ人の琴線に触れたのかを知ることができれば、自分の興味と照らし合わせて「自分にとってのその本の面白さ」をシミュレートできます。そのシミュレートだって一つの予測でしかないのですから完璧なものにはなりませんが、統計的なランキングよりはずっとマシでしょう。それにある程度続けていくと、このシミュレーションの精度は上がっていきます。どんどんハズレを掴みにくくなるのです。コスパ的にも望ましい結果がやってきます。
## 本について語るときに僕たちの語ること
本を読むことだけでなく、本について語ることそれ自体も面白いのですが、難しさもあります。あらすじだけ述べて終わりならばともかく、「どこがどのように面白かったのか」を語ろうとすると一筋縄ではいきません。そもそもその本にどんなことが書いてあったのかを誰かにわかる言葉で説明することすら一苦労です。
そうなると本に向けるまなざしが変わってきます。何度も読み返したり、読書メモをまとめたりしたくなるのです。読書の達人にそうした方がいいと言われたからではなく、自らの意思によってそうした行為の必要性を感じて行うようになるのです。そのとき読書の風景は一変します。今まで自分がぜんぜん本を読めていなかったことに気がつくのです。
丹念に本を読むようになると、本の面白さに一段深みが増します。一冊の本からより多くの面白さを引き出せるようになるのです。
先ほど「面白い本」はあらかじめ存在していないと書きました。これは読む人によって面白さが変わってくる点に加えて、読む人の姿勢も関係しています。面白く読もうとすれば、よい昆布から出るダシのように面白さがさらに引き出されるのです。そしてこの技術もまた続けていくうちに習熟していきます。
## 変わり続けること
読書という行為は動的なものです。読者という固定された主体があり、面白い本という静的なオブジェクトがあって、そこから一方的に「面白さ」が流れ込んでくる、という単純な構図にはなっていません。むしろそこにはさまざまな変化が潜んでいます。一冊の本、自分自身の姿勢、語る相手という触媒(カタリスト)によって全体が変化していくのです。
ブックカタリストという番組では、そうした面白さと変化をなるべくそのまま伝えるように心がけています。本そのものの面白さや読書という行為の面白さを伝えながら、合わせてそれが変わっていく様子も表に出すようにしています。編集によって「はじめから、自分はわかっていたのだ」という態度にせず、むしろちょっとずつわかってきているその感覚を壊さないようにしています。これは継続的な番組だからこそ可能なやり方でしょう。
取り上げている本も、そのテーマはバラバラです。言語学や歴史のような一貫した主題はありません。そのときそのときで読んで面白かった本を紹介しているだけです。これもまた変化の一環でしょう。気になるテーマもまた本を読むことで(あるいはそれ以外の経験をすることで)変わっていきます。それが自然な姿でしょう。
一方で、すーっと視点を引いてみると、たしかに共通性と呼べるようなテーマが見つかるのも面白いところです。バラバラに見えて、つながっている。そういう人間の無意識の強さが感じられます。
取り上げた本は『ダーウィン・エコノミー』『功利主義入門』『これからの「正義」の話をしよう』の三冊です。また、配信した後に調べたこと──これも変化です──もノートとして追記しました。一番最後にはやや枝葉的な内容の「読書入門のティプス」をまとめてあります。
本書が、一冊の本を読むという意味の読書ではなく、本を読み続けていく行為としての読書の入門として本書が何かのヒントになってくれればこれ以上の喜びはありません。
さて、本について語るブックカタリストが「本」になりました。再帰的な構造です。いったいどうなることでしょうか。これもまた新しい変化を起こしてくれることを願っています。